美濃和紙、紙糸は松久永助紙店

松久永助紙店の歴史
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松久永助紙店の歴史
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松久永助紙店の歴史(由来)

歴史
松久永助
二代目 松久永助

弊店は、二代目松久永助が明治9年(1876年)に創業した和紙の卸店でございます。
二代目永助は、永助・タメの長男として岐阜市粟野に生まれ、幕末、旧上有知に出て和紙業の修業を始め、京都、大阪、江戸に販路を開拓致しました。掲載してあります肖像画は、当時永助が精進していた頃の姿を表しております。お陰様で、弊店は、今年の平成25年(2013年)で137年を迎え、創業以来、美濃和紙を一貫して手掛け、全国の多くの顧客の皆様に支えられて今日に到っております。

和紙は、障子、襖、屏風、懐紙、日本画、提灯、扇子等を通して日本人の生活の中に溶け込んでおりますが、和紙の強さ、優しさ、軽さ等の特徴が、実用性と芸術性の両面で活かされております。桂離宮や修学院離宮などの建物も、障子を通して差し込む柔らかい光が、その美しさを際立たせております。

弊店も時代の流れに対応しつつ、伝統的な和紙を手掛けながら、現代に対応する医療用和紙や仕掛け花火に使われる和紙等を取り扱っており、最近では、若い方々向けの、和紙の手提げ袋、和紙の糸で出来た和紙靴下和紙タオル等を販売しており、ご好評を頂いております。卸業が主では御座いますが、ご旅行に来られた観光客のお客様のご要望にもお応えし、一部小売もしております。

昭和9年(1929年)には三代目松久永助が、時代のニーズに対応した和紙の製造を目指し大福製紙(株)を設立し、多様な目的に対応した特殊紙を製造致しておりますので、弊店共々ご愛顧頂ければ幸甚でございます。

松久永助紙店の歩み

明治9年(1876年)
二代目 松久永助 二代目松久永助が和紙の卸店として創業
明治29年(1896年) 上有知(こうずち)銀行設立(後に十六銀行に営業譲渡)
取締役として二代目松久永助が就任する。
上有知(こうずち)銀行十六銀行
明治44年(1911年)
美濃電鉄 美濃電鉄を起こし、県内では岐阜市の市内電車と時を同じくして美濃―岐阜間に電車を走らせる一方、美濃町町議として町政にも手腕を発揮した。
昭和9年(1934年) 三代目松久永助が、時代のニーズに対応した和紙の製造を目指し、大福製紙(株)を設立。
昭和13年(1938年) 三代目松久永助が、県美濃紙工業組合理事長に就任。
昭和16年(1941年) 9月25日(株)松久永助紙店設立。
昭和22年(1947年) 三代目松久永助が、美濃町長に就任。
昭和29年(1954年) 三代目松久永助が藍綬褒章 叙勲
昭和39年(1964年) 松久達三が4代目(株)松久永助紙店の社長に就任。
平成2年(2001年) 松久豊太郎が5代目(株)松久永助紙店の社長に就任。