美濃和紙、紙糸は松久永助紙店

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作品集

美濃和紙を使用した手ぬぐい

美濃和紙を使用した生地から手ぬぐいを作成。

インクジェットプリントで仕上げているので、少ない枚数からオリジナルができます。

和紙のブラウスとスカート

2015年夏に三越伊勢丹で販売された和紙糸を使用したブラウス2型とスカートです。
緯糸に和紙を使用しサテン織で仕上がっています。

和紙の雪駄

格子の部分が和紙です。
染めてない和紙と柿渋染の和紙を使い生地を製作し、その生地を使用した雪駄です。
肌触りがよく、汗の吸水性も抜群です。

足袋

「歌舞伎役者や舞踏家、能役者などの多くの役者たちに愛されている安永年間創業の大野屋総本店と共同企画で出来上がった足袋です。

表の生地は綿、裏の生地は紙布です。和紙の吸水性を活かして足袋の中は蒸れにくく快適です。」

和紙のリストバンド見本完成

ループの部分に美濃和紙を使用。
汗取り効果抜群。

【品質】
指定外繊維(和紙)42%
綿40%
ポリエステル16%
ポリウレタン2%

 

約75cm四方の畳

和紙の糸を使用して畳を作ってみました。
いぐさの代わりに和紙を使用しています。
とても柔らかく、肌触りも気持ちの良いものです。
製品化にはまだ課題も残されています。

■試作品製作:田宮製畳

和紙を使用した半纏

美濃市町並み案内ボランティアの方に着ていただく、和紙を使用した半纏が完成しました。

和紙の畳織り

柿渋で染めた和紙と染めていない和紙で市松模様に織り上げた生地です。
畳表、スリッパ、ラグマットなどいろいろな製品に展開!!

ジャカード織り作品

横糸に和紙糸を使用して、ジャカード織りで織ってみました。
白く見える部分が和紙糸です。

デザイナーさんが細い和紙糸を使って丹精込めて織り上げた作品

デザイナーさんが細い和紙糸を使って丹精込めて織り上げた作品

その作品が下記の日程で展示されています。時間のある方はぜひ見に来てください。
「26-フタロク−せんのひきかた展~輪郭をなぞるように。感情に沿うように。~」

会期 2012年12月3日(月)~12月31日(月)
11:00~20:00
会場 新風館2F
(京都府京都市中京区烏丸通姉小路下ル場之町586−2)
HP http://www.futaroku.com/

藍染着物

紙布に藍染をしてみました。
今までの着物とは違う感覚のデザインです。

藍染着物
藍染着物
藍染作家 森下愛子
着物製作 (株)丸杉
http://www.marusugi-tao.com/

紙布のシャツの有松絞り

がん木杢目縫い竜巻絞り
がん木杢目縫い竜巻絞り
機械蜘蛛絞り
機械蜘蛛絞り

有松・鳴海絞り(ありまつ・なるみしぼり)は愛知県名古屋市緑区の有松・鳴海地域を中心に生産される絞り染めの名称。江戸時代以降日本国内における絞り製品の大半を生産しており、国の伝統工芸品にも指定されている。「有松絞り」、「鳴海絞り」と個別に呼ばれる場合もある。

木綿布を藍で染めたものが代表的で、模様については他の生産地に類を見ない多数の技法を有する。

沿革

有松の旧東海道沿いの町並み
有松の旧東海道沿いの町並み

現在の有松地域は江戸時代のはじめには人家の無い荒地であったためこの地域を通る東海道の治安に支障をきたしており、尾張藩は人の住む集落を作るために住民を募り1608年慶長13年)東海道沿いに新しい集落として有松が開かれた。しかし、有松地域は丘陵地帯であるため稲作に適する土地ではなく、また鳴海宿までの距離が近かったことから間の宿としての発展も望めなかった。そこで有松に移り住んでいた住人の一人である竹田庄九朗が、1610年(慶長15年)から1614年(慶長19年)にかけて行われた名古屋城の築城(天下普請)のために九州から来ていた人々の着用していた絞り染めの衣装を見て、当時生産が始められていた三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいを街道を行きかう人々に土産として売るようになったと言われている。また、1655年万治元年)に豊後(現在の大分県)より移住した医師三浦玄忠(ただし医師であったこと、玄忠という名前については疑問も呈されている[1])の妻によって豊後絞りの技法が伝えられ、有松の絞り染めは大きな進歩を遂げた。このときに伝えられた技法は三浦絞りあるいは豊後絞りの名前で呼ばれ現在にも伝わっている。なお、鳴海絞りではこの三浦玄忠夫人を鳴海絞りの開祖と伝えている[1]

有松での絞り染めが盛んになるにつれ、鳴海などの周辺地域でも絞り染めが生産されるようになっていったが、この状況に対し有松側は尾張藩に他地域における絞り染め生産の禁止を訴え、1781年(天明元年)尾張藩は有松絞りの保護のため有松の業者に絞りの営業独占権を与えた。ただし、絞りの生産が全て有松の町で行われていたわけではなく、鳴海を含む周辺地域への工程の下請けが広く行われていた。独占権を得た有松には現在につながる豪壮な町並みが形作られた。その後も絞り染めに対する統制は強化され、有松は尾張藩の庇護の下絞り染めの独占を続けたが、幕末になると凶作に苦しむ領民の生活扶助のため独占権が解除された。

明治に入ると鳴海や名古屋、大高などの周辺地域にも絞り染めを扱う業者が現れるようになる。愛知県以外でも全国各地で絞り染めが生産されるようにもなり、東海道が交通の中心から外れたことも影響して有松の絞りは衰退期を迎える。しかし、明治の中ごろ以降は販路の拡充や新しい技法の開発などの努力が実り、生産量も増加、かつての行政上の特権は失われたが、新技法の開発と共に特許の取得も行われ、これらの特許に守られて有松絞りは全盛期を迎えることになる。

第二次大戦中には戦時統制が強化されて原料が入手できなくなり絞り染めは衰退するが、戦後に統制が解除されると復興し、社会にゆとりが生まれると共に生産量も増加した。しかし、昭和の中ごろを過ぎると着物離れや安い中国製の製品との競争、後継者難などから生産量は減少し、現在ではかつて100種類を越えた技法も大きく数を減じている。一方で、1975年(昭和50年)9月に愛知県内で初めて伝統工芸品に指定された他、第一回国際絞り会議の開催(1992年平成4年))と「ワールド絞りネットワーク」の設立、新素材を用いた製品の開発や国外の見本市への出品など有松・鳴海絞り振興のための取り組みも行われている。

生産工程

一般的に有松・鳴海絞りの大まかな生産工程は以下のような流れとなっている(技法によってはこれに当てはまらないものもある)。一連の工程は分業化されており、複数の業者がかかわる。

  1. 絞り製造問屋 - 製品を企画する。
  2. 下張り、下のし - 下絵をつけやすいように、糊を塗布する、もしくは湯のし(湯気を当て布の皺を伸ばす手法)にし幅を揃える。
  3. 下絵 - 図案に基いて作られた型紙を使い、摺り師が布地の上から下絵を刷り込む。この下絵は括り作業のためのもので括りで使用された後に消される。下絵には露草の花弁からとった青花液もしくはその代用品が使われる。
  4. 絞り括り - 絞り職人が下絵に合わせて布に糸を括りつける。技法ごとに専門の職人によって行われ、使用する道具も技法によって異なる。非常に手間のかかる作業であり、人件費の安い海外に委託される場合も多い。かつては周辺地域で農家等の副業として広く行われていた。
  5. 漂白 - 下絵や括りの作業の間についた汚れを落とす。
  6. 染め分け - 何色かに染め分ける場合は染めない部分の防染作業を行う。
  7. 染色 - 布地を染める。糸によって締められた部分には染料が染み込まないため模様ができる。
  8. 糸ぬき - 括りの糸を取り除く。
  9. 湯のし整理 - 布の皺を取り、布目を整える。
  10. 付帯加工 - 必要に応じて付帯加工を行う。
  11. 仕上げ検品 - 製造問屋による検品。
絞りの一例
機械蜘蛛絞り
機械蜘蛛絞り
突出し鹿の子絞り
突出し鹿の子絞り
鎧段絞り
鎧段絞り
手筋絞り
手筋絞り
杢目縫い竜巻絞り
杢目縫い竜巻絞り
がん木杢目縫い竜巻絞り
がん木杢目縫い竜巻絞り

出典 ウィキペディアの執筆者,2011,「有松・鳴海絞り」『ウィキペディア日本語版』(2012年3月22日取得)

紙糸(ラメ)

紙糸にラメ糸を巻いてみました。
キラッと光るものができそうです。

紙糸(ラメ) 紙糸(ラメ)

羽衣撚(はごろもより)

◆羽衣撚(はごろもより)
和紙、レーヨンやナイロン等の糸と、平糸を撚り合わせた糸。
編物などによく使用され、キラキラッと光る効果を求める場合に有効。
泉工業株式会社のホームページから引用しました